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愛するワンコたちのこと、家族のこと、職場の保育園でのことなどなど、胸の内をオープンにできる唯一の場所がココ!
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任された・・・
 昨日の出来事


いつもの通り、義母の病院


琵琶湖に面した窓からの景色がすばらしくて、晴れでも、雨でも、曇りでも

それなりの顔を見せてくれるんです。


義母の調子によっては会話が成り立たなくなり、持て余してしまうことがありますが、そんな時は車椅子を窓際に押して行き、外の景色を一緒に眺めることにしています。


昨日はあまりにお天気がよくて景色が素晴らしかったので

「お母さん、いいお天気だよぉ」

と言って車椅子の横にしゃがんで、私もぼんやりとしていました。




「ありがとうなぁ・・・感謝してるんやで・・・」


「へっ? 何? お母さん、どうしたの?」


「あんたに任せたら大丈夫やなぁ。あんたに任せたでぇ。頼むわなぁ・・・」


「私? お母さん、私よ? 誰かと間違えてない?」


「〇〇さんやんか。ウフフフ・・・わかってるわ。あんたに任せたから安心や。頼むなぁ」


「やだ、お母さん。何を任されたの? 急にどうしたの?」


「ほんまにいつも感謝してるんやで。何もかもあんたに任せたら大丈夫や。頼むで・・・」



そしてあまり見えていない両方の目からぽろぽろと涙を流して


「ありがとう」  と  「頼んだで」 を繰り返しながら、涙と鼻水でぐちゃぐちゃになっていくのでした





何を任されたのかわからないまま、あんまりドラマチックな展開に、私もすっかりその気になり


「わかったよ、お母さん。任されたよ。もう大丈夫だから、安心してね」

と言いながらもらい泣きしたのでした



軽いとはいえ認知症の診断が出ているし、このごろは人の名前も適当だし、自身の生年月日もわからなくなっていますから、まともに会話できることは少なくなっていました。

はっきりものを言う時は義姉に腹を立てた時くらいで、あとは幼児のようでした。


認知症はふっとしたきっかけで正気になることがあると聞いてはいましたが、こんな一瞬があるんだなぁ・・・と驚いています。


数分後にはまた宙を見たままのお義母さんで、薬剤師と話をしている私の手を思いっきりひねって話をやめさせようとがんばっていました。




はてさて・・・何をまかされたのでしょう

なんとなくはわかるのですが、具体的にはわからない・・・


まぁ、そんなもんでいいんでしょうねぇ。


今の私を見て安心してくれているということは、今のままでOKということでしょう。

今のまま、わたし流でやっていきましょう
| 介護 | comments(1) |
再び帰省
 お彼岸の連休。

一日目は姑の病院でご機嫌伺いをし、二日目から埼玉に帰省してきました。

月曜日に帰って来たばかりでしたが・・・前からの予定でしたし、他にも大きなイベントがあったので決行しました。

「連休は忙しいなぁ」 と言っていた息子からメール。「もう来てるの?」 ちょうど東京駅に着いたところでした。

「暇なら今夜ばぁばと一泊できない?」 「いいよ」

というわけで、途中で息子と落ち合い一緒に母の施設に迎えに行きました。

息子の熱烈なファンでもある母は、予想していなかった息子の出現に号泣!

    フッフッフ・・・親孝行にプラスポイント


というわけで一泊だけでしたが母と私と(襖を隔てて)息子が一応川の字で過ごしました。

ところが・・・嬉しくて興奮しすぎたのか・・・1時間ごとにトイレに起こされ、おしゃべりは始めるし、テレビはつけるし、数ヶ月前の生活に逆戻りしたかのような酷な要望。 しばらくはこんな事なかったのに・・・。

ほとんど眠らずりっぱな孝行娘をやってきましたよ。





さて、母を送り届けてからは次のイベント

以前の「ぴっころちゃんの日記」でよく登場したA子ちゃんの卒業祝いのパーティーです。

主催は私の以前の職場でもある塾の先生たち。  私の送別会も立派に開いてくれましたっけ。


遠く離れている私に何が手伝えるかと考え、A子ちゃんと仲良しの娘に記念品制作を依頼しました。

塾のメンバーからコメントと写メを私の携帯に送ってもらい、それを集めて大きなポスターにするという企画に決まり、娘は毎晩「あーでもない、こーでもない」 と悩みながら、結局最後の二晩は徹夜仕事をしてくれました。

大きなA子ちゃんのアップの顔にみんなの顔やコメントを取り混ぜて完成したポスターをA子ちゃんはとっても喜んでくれました。


若いメンバーたちに久々に再会し、私自身もとっても嬉しく、楽しく、みんなの元気と若いエネルギーをたくさんもらって帰ってきました。

みんなー   ありがとー




さて、帰路は下り坂のように現実に引き戻され、京都で降りてまっすぐ義母の病院へ。

看護師さんとリハビリの先生と介護計画についての話し合い。

電車乗り継いで、買い物して、早足で帰宅して、ワンコたちの熱烈な歓迎もそこそこに夕飯の準備にそこらへんの片付けに・・・・

ここが私の居場所でした



さてさて、義母の退院が4月4日になりそうです。

義姉は「小規模多機能型」で施設の手を借りながら在宅で介護をするそうです。

そして・・・私が留守にしている間に・・・



「週に何回くらい来てくれるつもり?」  (これは私にですね)

「私が疲れて出来なくなったらそっちで在宅で看てね。施設に入れるのはそれからよ」

という通達が夫に出されたとか・・・




もしもし、忘れていませんか?

こちらで準備した介護計画をすべてひっくり返して、自分で看たいと勝手に決めたんですよ?




お義母さんの症状はもう在宅で看られるラインを越えているんですよ。

病院の人たちはみんな「無理」って言ってるんですよ。

「近所の人は家で看てるから格好悪い」 って、もっと軽度の人でしょ?




夫は今までトラブルが誰のためにもならないからと、言いたい事をぐっとこらえて、起ってしまったことには蓋を閉めて前に前にを心がけているように見えました。

自分が敵になってしまうと義姉がひとりぼっちになってしまうからです。

私もそれに倣ってきました。

それを 「なんにも自分の意見を言わん」 「おとなしいからなめられてるわ」 って・・・ヒドイ

でも、そろそろ夫も限界です。

  怒るとコワイですよー  





明日は退院に向けての合同カンファレンス。

病院関係者と介護の関係者が一堂に会します。

それまでにはコチラの考えをまとめて、第三者がいるところで主張をしないと、義姉を納得させることができません。

私は夫の有能(?)な秘書としてこの28年近くを過ごしてきたといっても過言ではないと思います。

言葉に出して評価されたことはありませんが、責められたこともありません。

夫の言いたいことをまとめ、改めて私達夫婦が提案する介護の形と施設の資料を集め、今夜夫に見てもらい、明日に備えます。

  がんばりましょう
| 介護 | comments(3) |
お義姉さん、可愛い!
 初めて会った時から義姉のことはとっても美しい人だと思っていました。

まぁ、確かに加齢やその他の苦労で、以前のようにおしゃれをしたり、爪が彩られていたりはしませんが、やはり黙っていれば美しい人です。

長生きにこだわっていて、「身体にいいこと」が大好きですから、自己管理もきっちりしていて、私のことが歯がゆくて仕方ないみたいです。
「もうそれ以上肥えたらあかんよ」 とよく言われます


まぁ、そんな義姉ですが、今回の件では麻生さん以上のぶれ具合で、夫も私も辟易としていました。

そして昨日、夕方から先日ご報告した老人福祉の事業所の社長さんに会いに行きました。


期待通り


こんなにうまく行くとは思っていませんでした。

社長やその他のスタッフの方たちの提案で「小規模多機能型」の施設でお世話しましょうということになりました。プランを説明したり、義姉のこれまでの苦労をねぎらったり、これから来るであろうつまづきやストレスをやさしく説明してくださっている間、社長の顔を食い入るように見つめ、「そうです、そうです」って・・・

もう途中でおかしくなって来て笑いをこらえるのが大変でした。

なんて素直なの・・・?

結局は在宅介護が基本で義姉が出かけている間は施設でお世話になり、帰宅時間に合わせて送ってくれ、週2~3回はお泊りもさせてくれるというプランになりそうです。

病院との折衝事や住宅改修の手配もすべて任せてくれと言うので、なんかすっかり乗せられた感じで「お姉さん、それでいいんですか?」と確認しました。
「ええよ、ええよ。決まってるやん」・・・何を言い出すんだ・・・という顔です。

帰りの夜道、いつの間にかお義姉さんが見つけて来た施設みたいな話になっていて、「いや私、私」って内心思いながら、しめしめとほくそ笑んでいたのでした。


男性にとってこういう女性って可愛い人なんでしょうねぇ・・・

単純で、軌道修正しやすくて、思い込みが激しくて、感情あらわで・・・たぶん私とは正反対です。

  ちょっと自己賞賛



自分の母親を看てきた経験上、たとえ夜だけでも長くは続かないと思います。

今はかわいそう、かわいそうっていう気持ちだけだけど、すぐに破綻すると見ています。

私は実母とかなり仲良しでしたが、義姉と義母はもともとあまり仲が良くなかったから、一生懸命やればやるほど昔の恨みつらみがよみがえって来るはずなんです。

そんなこと予言したからといって、誰も褒めてはくれませんね。

この予言ははずれればいい予言です。



そんな訳で昨日は帰宅が9時ごろになってしまいました。

夫には途中報告をメールで送っていたので、夫も時間を合わせて帰って来てくれました。

娘がピザをとって待っていてくれて、遅い夕食になってしまいましたが・・・その席で


小さな人間であるところの私は誰かに(特に夫には)褒めていただきたかったのです。

娘は「よかったねぇ、大変だったねぇ」と労ってくれましたよ。

報告だけ聞いて何にも言わない夫に少しキレかかっていた私・・・そこで夫がぼそっと

「介護のことで悩んでいる人ってたくさんおるよなぁ・・・みんな初めてやもんなぁ・・・そんな人たちにアドバイスしてあげたり、システムを素人目線で教えてあげたりするボランティアとかしてみたら? そういう人、必要やと思うよ。 向いてると思うけどなぁ」


はぁ・・・?  なんですと・・・?


突然何を言うかと思ったら・・・

「ボランティアやってる暇なんかないし、自分の周りの年寄りでいっぱいいっぱいで、よその人の世話なんかいやよ。 ボランティアって無償ってことでしょう? 仕事するんだから!」

「役に立てたら、畑のキャベツぐらいもらえるかもしれんやん」

相変わらずピントの合わない人です



数時間後、お風呂の中でふっと思ったんです。

あれって、褒め言葉? 私が役に立ったってこと?

そう思いついたら、ふわーっと嬉しくはなったのですが、同時に、もっと素直に褒められないかなぁ・・・って腹も立って来て・・・複雑・・・。

まぁ、そんな感じで、3月末までは今の病院通いは続きます。
その後は・・・? 私は何をしろと言われるのでしょうか・・・?

乞うご期待です
| 介護 | comments(0) |
怒るべきか、憐れむべきか・・・本日2回目です
 久々にブログ更新をした朝、義母の病院の相談員さんから電話


叔母や義姉たちが施設の見学や申し込みやしている活動の中で、何故か叔母の知り合いのケアマネージャーさんに義母の担当になって欲しいと頼んだらしく・・・何故?施設に入れるのにケアマネはいりません・・・その方から義母の病状を問い合わせがあったとか・・・

まったく人騒がせです。ついでに相談員さんは3月末以降の行き先を早く決めて欲しいということを言いたかったわけで、その内容を姉にメール。

先日たいそう気に入って申し込んだグループホームのケアマネさんに相談してほしいと電話番号を知らせて来ました。

もう何もしないぞ〜と心に決めてはいたものの、そこはなんでも引き受けてしまう悪い習性、ホイホイと引き受けて初めてそのグループホームに電話をしました。

義姉からは「3月末に間に合わなくても2週間くらいだから、その間は仕事の都合をつけて家で看るわ」と聞いていたので、そのつもりで話をしていたら・・・「すみません、こちらの都合を話させていただいていいですか?」って・・・

「何回も説明させていただいたのですが、申し込みをしていただいても数ヶ月から1年くらいはお待ちいただく可能性があるんですよ。今は満室ですから。順番が来てからご本人の詳しい情報をいただくので、それからお断りする可能性もありますし・・・」

えー



思わず 「ですよねぇ・・・」 と答えていました。


何箇所も施設を回って、そんなに簡単に入所できるところなんてなかったので、おかしいなぁって思ってましたよ。

「何回も説明をさせてもらって、それでもウチを気に入ってもらって、ウチだけしか申し込みしないっておっしゃるので、それで大丈夫なのかなぁって心配してました」 とのこと。


そうなんです。

義姉も叔母たちもそういう人なんです。

病床の義母も含めてあのお宅の女性たちはみんな思い込みが激しく、自分の都合のいいように解釈するとそれをなかなか軌道修正してくれないのですよ。なんども困った思いをしたものです。


さて、それからの数時間は一人大騒ぎ!

仕事中の義姉と何回もメールで連絡をとり、夫とも連絡をとり(夫に対しては半キレ状態です)、家を出たのは1時半過ぎ。

2時間後、病院で相談員さんに報告し、義母のご機嫌を伺い、別の介護事業所に話を聞きに行き、仕事を早退して駆けつけた夫と落ち合い、(義姉に気を遣ってお寿司を買い)、義姉の家に話し合いに行きました。

それが7時。

義姉はグループホームからの話に「そんな大事なこと、ちゃんと言ってくれんとなぁ・・・」ってあんた・・・。

「何度も説明したって言ってましたよ」

「聞いた覚えないなぁ」

悪びれた様子もなく、夫と私が訪ねて行ったことが嬉しいのか、お寿司が嬉しいのか、何故かハイテンション


結局、今日私が訪ねた、義母の家の近くの介護事業を手広くやっている会社の社長さんに義姉の頭の中を整理してもらい、今の環境や条件に合った介護の方法を一緒に考えていただくということで今日のところは引き上げて来ました。

実は・・・夫の許可をもらって、すでにそこの施設で3月末から助けていただくお約束は取り付けてきたのですが、そんなことを言うと義姉は気を悪くするかもしれないし、叔母たちが「悪嫁おろし」を図るかもしれないので、その社長さんに内緒にしたほうがいいと言われたのでした。

いかがわしい社長じゃないですよ。市の包括センターで紹介していただいた方です。

その道のプロである社長とそれぞれの事業の責任者の方たちが義姉に直接説明をしてくださるとのこと、あさっての夕方、夫の命令で私が同席することになりました。(私が行く席には鬼叔母は絶対来ないのです)

今のところ義姉はノリノリで、私と出かけることを楽しみにしているみたいです。

なんだかなぁ・・・


何日も走り回りがんばって見つけた老健は却下され

勝手に決められたグループホームはいつ入れるかわからず

病院からは介護病棟に移ってくれとせかされ

義姉はそれを絶対に承服せず

間に入ってあっちにもこっちにも頭を下げ

叔母たちは病院で悪評高く

そして私は逆らわず一日おきに2時間かけて通い続けるのです。


家でごろごろしててもいいよねぇ・・・少々掃除が行き届かなくてもいいよねぇ・・・手抜きの料理でもいいでしょう・・・

夫は「今日はおつかれさん」と一言いっただけだけど、この貸しは返していただきますからねぇ


腹を立てたのは今朝のことだったのに、もう何日も過ぎたような気がします。

私みたいに「おつかれさん」と言ってくれる相棒がいない義姉はやっぱりかわいそうです。

気のきかない夫でもいてくれることに感謝ですかねぇ・・・。


なが〜い一日でした。

さて今日は眠れるでしょうか。

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退任
 先日姑のキーパーソンを拝命したご報告をしたばかりですが、この度退任させていただくことにしました。

私が実家に帰っている間に、義姉と叔母たちが大津の施設を見学に行き、大変気に入ったからそこに入れたいという話になっていました。

夫は立腹したものの、一晩寝たら「その方がいいのかなぁ」と思い直した・・・とのこと。

あっそう

何軒も探して、いい所見つけて、運よく早く入れることになって、近くなるしマメに通ってあげないとなぁって計画たてたりもしていましたが、いいですよ。

やっぱりずっと一緒に生きて来たお姉さんが探すべきだったし、近くにいるべきなんですよ。


そんな暇はないし、PCの技術もないから頼みたいって言ってくれたから、実母で経験したことも生かし、役所の手続きや、病院関係の事務的なことや、施設探しや・・・がんばってやってきましたよ。

 私 「グループホームが家庭的でお母さんにはいいかもしれませんね」

 義姉 「どういうもの?」

 私 「認知症と診断された人が少人数で家族みたいに暮らす家ですよ」

 義姉 「認知症っていうけど年齢相応程度で、そんな中に入れたらボケてしまうし、あかんわ」

 私 「介護付きホームだとずっといられるし、安いところもあるみたいですよ」

 義姉 「大金払って入って気に入らんかったら困るやん。最初は移れるところがいいんちゃう?」

 私 「じゃぁやっぱり老健ですねぇ」


言われた通り、一言も逆らわず、それを仕事だと思ってやって来ましたよ。

それなのに、気に入ったという所はきっちりグループホームで、入居金は数十万で、一生いられるって喜んでいるのは何故ですか?

自分で言ったことは忘れましたか? 私の仕事は信用できませんか?

叔母さんが以前言ったように

「ろくに見舞いにも来ない関東者の嫁」だから信用できませんか?


夕べは電話で、見学してきた施設がどんなに素晴らしかったかを、ソファの素材まで含めて興奮状態で聞かされました。正直途中吐きそうでした。

この日のこの話を忘れないでくださいね。



私が行くと姑は喜んでくれますから、入院している間は今まで通り通いますよ。

それ以外はもういいです。電話も夫に任せます。

これから各方面にキャンセルをしなければなりません。(まだするなと言われてますが)



こんな思いをするなら引越しなんかしないで母のそばにいてあげればよかったと後悔がMAXに達した夜でした。
| 介護 | comments(2) |
たった2泊3日でしたが・・・
 さきほど無事に帰宅しました。

たった2泊でしたが、なんだか長い旅に出ていたような気もします。

疲れたなぁ・・・ワンコたちに会いたかったなぁ・・・後ろ髪も引かれるなぁ・・・

またまた体が二つか三つ欲しいなぁと思いながら新幹線に揺られていました。



劇的なワンコたちとの再会タイムも終わり、3匹とも膝の周りで丸くなっていびきをかいています。

     ママがいなくて寂しかったのねぇ

      熟睡できなかったのねぇ






母は元気でした。

施設の中では以前は見られなかった笑顔がたくさん見られて、親しくなった方たちと冗談を言い合ったりしている姿に安心しました。

外泊が許された2泊は、顔を寄せ合っておしゃべりをして、一緒にテレビを観て、一緒に寝て・・・充実した時間でしたが、以前よりも立ち上がりができなくなった母は依存度が上がっていて、車椅子からソファやベッドに移すのが大変で・・・腰が痛い!



母のベッドの下に布団を敷いて休みましたが、久々に見る自分の部屋の天井だったからか、夜中に「お父さん、お父さん」と呼ぶのには参りました。

倒れてから3年は父がそこに寝て、夜中の介護をしていたのでした。父が亡くなる2週間前、入院する前の晩まででした。



「お母さん、お父さんはいないよ。私でごめんね」と声をかけると、布団をかぶって泣いていました。

母の中では時間がゆっくり進んだり、時々止まったり、たまに巻き戻されたりしています。

それは時には幸せだったりもするし、何倍も悲しかったりするみたいです



今朝、弟と一緒に母を施設に送り届け、再会を約束して帰って来ました。

主治医から褥瘡の治療の為に少し遠い専門医に診せる事、入院になるかもしれない事など説明を聞き、同意してお願いをしました。

廊下の角を曲がる時にちょっとだけ振り返ったら、周りのお友達が話しかけてくれていました。

いとおしくて、胸が苦しいです。



さて

また大津通いの日々に戻ります。

姑も私を待ってくれています。   がんばろう
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頼るべきか否か
この家の売主であった工務店の社長さんは、私たち夫婦をとても気に入ってくださっており、「いい人に買ってもらった」とお会いするたびに言ってくださいます。

入居したあともいろいろ気にかけてくださって、とても助かっています。

世間話の中で姑の事を話したら「嫁が介護の仕事をしているから、なんでも相談してください」と奥様の名刺をくださいました。

(嫁と言ったので息子さんのお嫁さんかと思ったら、ご自身の奥様のことでした。関西では普通こう言うそうです)

そのときは必要ないと思っていたのですが、こちらの施設を探すにあたってその事を思い出し、奥様に電話をしてみました。


ご主人も面倒見のいいかたですが、奥様も負けないくらい親切で、余計な言葉は挿まず私の話を聞いて「2〜3日ください」と言って、本当に3日後に電話をくださいました。そして今日の2時がお約束の時間でした。どこで何をするかは聞かず時間だけの約束でした。

今朝、代理の方から電話で「1時15分くらいにお迎えに行きます」と連絡があったので、1時過ぎには玄関の前に出ていましたが、中年の男性が家の前に車を止めてウロウロしている他は時間が過ぎてもそれらしい車は来ず、少したって、その男性が社員の方だとわかりました。

初めて会った男性の車の助手席に乗り、30分ほとんど無言のまま、工務店と介護センターを併設した事務所に案内されました。
ご夫婦揃って出迎えていただき、そこで奥様のワーゲンに乗り換えてまたドライブ。

着いた所は山を越え、ダム湖を越え、長いトンネルを抜け、有料道路まで走った先に開けた新しい街でした。街のおへその位置にある大きな病院に老人施設が併設されていました。

顔の利く方のようで、施設の中ではみなさんが頭を下げてすれ違って行き、
「遠いと思ったかもしれないけど、私の目が届くところじゃないと安心して紹介できないから」
「順番待ちですが、私が話せばすぐ入れますよ」
「時々顔を出して、よくしてもらうように言いますから大丈夫」
「半年や1年で出てくれって普通は言われますが、そんなことは心配しなくていいですよ」
「特養もありますから、ご希望があればすぐに移れるようにしますから」
「救急病院も併設してますから、急な時も心配ないですよ」

最初は「えー!?」って感じで抵抗があり、さてどのタイミングで断ろうかと、そればかり考えていました。でも、汚い事を言うようですが今の世の中、顔が利くって大切なことですよねぇ。

施設自体はあまり気に入らなかったのですが、スタッフがよくしてくださるのなら有難いし、安心だし、お世話になっておいたほうがいいんじゃないかってちょっとずつ傾いて行き・・・いや、ペースに乗せられていただけか・・・。

帰り道はホテルの喫茶ルームで庭園を眺めながらケーキセットをご馳走になり、20才も違う女同士、互いの身の上を語り合いました。


半日一緒にいただけなのに、すっごく私を気に入ってくださったみたいで、私に対する態度がだんだん母親みたいになっていくのを感じました。



両方の父親を亡くし、両方の母親が病気になり、考えたらこの土地には頼りになる人もなく、子供のように思ってくださる方がいたらありがたい事ですよねぇ・・・なんて思って家の近くまで送っていただき、もう親戚同然・・・みたいな挨拶をして帰って来たら・・・。

なんと・・・

先日見学に行って仮申し込みをしておいた施設から、急に3人順番が飛んで、3月初旬には入居できるという連絡!  一番気に入っていたところです。  すごい!

今朝玄関磨いたからかなぁ・・・トイレ掃除に時間かけたからかなぁ・・・風水的には・・・。


さてさて、今日半日で築き上げた関係を壊さず、どんな大人の断り方をしましょうか・・・ちょっと憂鬱です


夫曰く・・・紹介したらなんぼか貰えるんちゃうか?そりゃ必死で案内するやろう・・・。

         絶対いい死に方しないと思う
| 介護 | comments(0) |
施設回り
 この度、姑の介護のキーパーソンを任命されることになったぴっころです


今までは義姉でしたが、私がこちらに来てからは、キーパーソンは義姉だけど、連絡先は私、相談事も私、役所の手続きも私・・・でも決定は義姉に聞いてから・・・各方面にご迷惑をおかけしてきました。

その義姉は自宅に姑を引き取って「在宅介護」をすると言い張っていたのです

                              毎晩仕事からの帰宅が8時過ぎの人がですよ。

私とヘルパーさんとでなんとかして! というつもりだったようです。

できるだけ希望を聞いてあげようと手を尽くしましたが、私が週の半分以上、朝9時から夜8時まで大津にいないと成り立ちません。

                 そんな馬鹿な・・・


専門家の方々は姑の症状を見ても在宅は難しいだろうという判断で、夫と一緒に義姉を説得してくれました。

そして・・・退院後はウチの近くの施設に入居させ、その生活のすべてを私たち夫婦に任せるという提案に納得してくれました。

「実は、言い出してしまったけど不安だった」とも言ってました



病院からは、そろそろ退院後の行き先を決めて欲しいと催促されていて、この地域の状況というのもわからないので本気で活動を始めました。

昨日は2時間ずつ4ヶ所の老健を回りました。

この辺の地理もよくわからないし、道に迷っている暇もないので、全部ナビ任せで、言われるとおりに西宮、芦屋、宝塚を走り回りました

    おかげさまで、少し道に詳しくなりました。

同じ老健といっても内容はさまざまです。実家の母も今2件目の老健でお世話になっていますが、やはり見学して回りましたねぇ。


今日は介護保険の更新で市役所の方が姑に面接に来るというので、時間前に行って待機。面接は30分ほどでしたが姑の集中力はそこまでもたず、途中で「長い!」とか言って泣き出す始末。
疲れましたよ・・・

まぁ、任せると言って一日もたたないうちに「老健はやめて」とか「有料ホームにしよう」とか言い出し、そんな大金あるんですか・・・?って聞くと返事はなし。

先が思いやられるわ。




さぁ、明日は「源氏物語」の1日目です

予習はまだまだですが、いちかばちか行ってみます。

楽しみ、楽しみ・・・
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今日も母と姑の話
 昨日、母がお世話になっている施設の看護師さんから携帯に電話がありました。

何か緊急なことか!・・・とドキッとしましたが、たまたま弟の家が留守で連絡がとれなかったから、次の連絡先になっている私の電話にかかってきただけだったのですが。

以前からできていた褥創の膿がひどく、切開して2針ほど縫いました・・・という報告でした。褥創はだいぶよくなり、1ヶ所だけになっているのですが、それがなかなか頑固なようです。それでも全体症状はよく、元気でご飯もよく食べていると聞き一安心。

その後義妹から最近の様子を聞きましたが、私の話をすると泣いているとか・・・つらいなぁ・・・。

寂しがるだろうなぁ・・・とか、責められるだろうなぁ・・・とか想定はしていましたが、私自身の胸が痛いです。月末に帰省し、外泊させて枕を並べて、あれこれおしゃべりしようと計画中ですが、その褥創の消毒の関係で1泊の許可がめいっぱいかもしれないとのこと・・・仕方ないか。

それより・・・義妹が私が帰ると連絡したとたん仕事も休みを取り「待ってますよ〜」とウキウキな感じ。これにはびっくり。

私のこと好きなんだぁ




さて姑。

姑が倒れて入院して駆けつけた時、びっくりしたことがありました。

足の爪です。

両足のすべての爪が変形して盛り上がって、すっごいことになっているのです。

考えてみたら、姑の素足の時って見たことなかったかもしれません。
ここ数年は視力が下がり、たぶん自分で自分の足先は見えてなかったのかも。
つまり何年も切らずにいた結果の変形です。

それから半年が過ぎましたが、誰にもどうにもならなかったようで、伸びた分だけは病院で切ってもらっているようですが、盛り上がった部分はやすりで削るしかないのか、手付かずでした。

夫が気にして、少しずつでもなんとかならんかなぁ・・・ということで、すこしずつ削り始めました。


これが大事業です。100均で買ったやすりでは100年かかりそうです。

そして今、道具を集めています。ニッパーと電動やすりは入手しましたが、ほかに何があるかなぁ・・・。

姑自身が10分が限界なんですよねぇ・・・長くやらせてくれないのも大きな課題です。


とにかくがんばってみましょう。
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母と姑
 またまた去年の話からですが・・・

5年にわたって介護してきた実母は弟夫婦に託してきました。

5年前、突然脳梗塞で倒れたわけですが、その数日前に父と弟の誕生会をみんなで開いた時の写真は若くてきれいでしゃんとした母なわけで・・・あたりまえですが・・・

それについては何度も書いてきましたが・・・いろ〜んな事がありました。


そしてその母は老健施設にいて、毎日何を思って暮らしているのか


年末の外泊の時に電話で話しました。

「私のこと忘れちゃったのね」

と言われました。

不覚にも瞬時に鼻の奥がつーんとなりました。



     お母さん、そんなはずないでしょ

     一緒にいたときより思っているよ







で、姑です。

同じ病気で、同じ左半身が不自由になりましたが、機能的にはうちの母よりもずいぶん上です。ただ頭の中の回線がちょっと重症で、その機能をなかなか生かせないんです。

たとえば・・・右手の握力なんて私の倍くらいありそうなのに、集中力とか注意力とかが欠けてしまって、杖を持たせてもすぐに放してしまうし、トイレで手すりにつかまらせて作業をしていると突然手を放して自分でびっくりして泣き出したりするわけです。

人の頭の中ってホント複雑なんですねぇ


そんな姑ですが、朝から私の名前を呼び続ける日があるそうです。

看護師さんが
「ほーら、お嫁さん来てくれはったよ〜。よかったなぁ、ずっと呼んでたもんなぁ」
なんて言って迎えてくれるものだからびっくりしてしまって、ちょっとうれしくて。

姑が喜べばそれだけ母を思います。

           お母さんにも同じ事をしてあげたい。

体がふたつあったらなぁ・・・って。


パーマンのあの人形、なんていうんだっけ? あの鼻押すと分身ができる人形・・・あれ欲しい・・・

どこでもドアでもいいなぁ・・・行ったり来たりできるし。



とりあえず、今月末には時間を作って母のところへ行ってあげる予定です。


どこでもドア 売ってるとこ知っている人〜! 教えてください・・・誰にも言わないから・・・
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